VUCA/BANI時代に成功体験は通用しない~人的資本が創る未来・上のサムネイル
プロセス変革・業務改革 / リーダーシップ

VUCA/BANI時代に成功体験は通用しない~人的資本が創る未来・上

「企業の持続的価値創造には変化への適応と、その源泉である個人(人的資本)が重要」―。こうした考えのもとLTSは、人財の可能性を最大限に引き出す人的資本経営コンサルティングサービスを展開しています。2025年中に65歳までの雇用確保の義務化(高齢者雇用安定法)、柔軟な働き方を実現するための措置や拡充(育児・介護休業法)など複数の改正人事関連法が施行され、人的資本経営への関心はさらに高まっています。人財と組織の可能性を最大化するために必要なことはなんでしょうか。LTS経営革新・ヒューマノクラシー推進事業部の島野陽介と青地忠浩が上下2回に分けて詳説します。
プレスリリース 改正人事労務関連法と連動、人的資本経営ソリューションの提供を開始します
島野 陽介(LTS 執行役員 経営革新・ヒューマノクラシー推進事業部 部長)

SIerを経て、LTSに入社。事業開発やDXなどのビジネス・コンサルティング案件に従事。近年は業界を問わず、事業・組織・マネジメント・業務・ITなどの幅広いテーマで、クライアントにおける企業変革の企画・設計および実行に多く関与している。(2025年2月時点)  ⇒プロフィールの詳細はこちら

青地 忠浩(LTS経営革新・ヒューマノクラシー推進事業部 シニアマネージャー)

デジタル活用を含む企業変革、人的資本経営、組織開発、変革人財育成のコンサルティング案件に従事。20年を超える様々なコンサル経験を活かし、製造業や卸売業、サービス業等のお客様に対して支援を行っている。 対話型組織開発、キャリア開発、リスクマネジメント、サービス品質マネジメントの知見・スキルも有する。(2025年2月時点)

効率や短期目標を超えた経営

―――LTSが描く企業変革の姿について教えてください。

島野
現代の企業は、変化の激しい環境に対応するための迅速な適応能力、つまり「ビジネスアジリティ」を必要としています。アジリティとは、事業構造を外部の環境変化に対して素早く適応させることを可能にする組織能力を指します。その源泉は「人的資本」です。当事業部ではビジネスモデル、プロセス、組織・人財をつなぎ合わせ、真の競争力を発揮できる包括的なアプローチを展開しています。

青地
LTSはさらに、「ヒューマノクラシー」の推進も掲げています。ロンドンビジネススクール客員教授のゲイリー・ハメル氏らが提唱した造語で、「人を中心に据えた組織」という意味です。VUCAやBANI※1の時代には、単なる効率性や短期的な目標を追求するだけではなく、持続的な価値創造を可能にする「人」を中心に据えた経営が重要だからです。

※1 VUCA:Volatility=変動性、Uncertainty=不確実性、Complexity=複雑性、Ambiguity=曖昧性BANI:Brittle=もろい、Anxious=不安、Non-Linear=非線形、Incomprehensible=不可解
いずれも不安定、不確定な現代世界を表しますが、VUCAは外部環境の変化を、BANIは外部環境に加えて内部環境の変化も重視している。

―――「アジリティ」「ヒューマノクラシー」が現代にこそ求められるのはなぜですか。

島野
大企業は、〝企業の慢性疾患〟に陥っていることがあるからです。慢性疾患とは、長年にわたる成功体験や安定した事業基盤により、環境変化に適応する力を徐々に失っていく状態を指します。自律的な課題解決が行われない、自浄作用が働かない、いわゆる「言ったもん負け」という状況がその典型です。慢性疾患は企業自らの変革を妨げ、結果的に持続的な成長の足かせとなります。一部の経営層や変革意識の高い社員が変革の必要性を感じながらも、組織全体では実行に移せないという状況が見られるようになります。

青地
慢性疾患を抱えた企業では、組織内の壁や経営の壁が変革の障害となっています。例えば旧来型の上意下達型マネジメントにより、現場は経営からの指示を待つだけで、主体的な問題解決をする機会を奪われます。その一方で、フィードバックループが機能しないために、現場の気づきや知見が経営に反映されない状態となります。

機能分化とサイロ化、部分最適

―――変革に取り組んでいる企業は多いと思いますが、なぜ慢性疾患から脱することが難しいのでしょう。

島野
自律的な問題解決ができる組織能力が備わっていないためマネジメントが機能せず、表面的な対応に終始してしまうからです。結果として問題が根本から解決されず、慢性疾患が続いてしまいます。これはDXの失敗と同じ構造です。単なるシステム導入に終わってしまう企業では根本的な課題の解消に踏み込めていないため、DXを進めても期待された成果が出ないのです。

青地
そうですね。また、多くの大企業は機能分化が進んでいますが、いわゆるサイロ化によって部門間に分断が生じています。部門ごとに異なるKPIが設定され、全社最適よりも部門最適が優先される構造になっています。 その結果、各部門が独自の判断で部分的な最適化を進めるだけで、組織全体としての変革にはつながっていません。

島野
その他に、失敗を許容しない企業カルチャーによって意思決定に時間がかかり、環境変化に適応できない状況が生じているケースもあります。DXやSX※2を推進する「変革プロジェクト」が立ち上がるものの、実行責任を持つ〝変革リーダー〟が不在で、現場に丸投げされるだけで結果的に変革活動が停滞するケースも見受けられます。いずれのケースにおいても経営層や現場が複雑な問題の全体像を認識できず、表層的な問題解決にとどまっていることも少なくありません。

※2 SX:サステナビリティ・トランスフォーメーション。企業と社会の持続可能性を同期化させて企業価値を向上させていくための経営や事業変革。

成功体験は変革の阻害要因

青地忠浩

―――実効的な変革活動と人的資本経営はどんな関係にありますか。

青地
企業の価値創出は、「何を(ビジネス)」「どうやって(プロセス)」「誰が(人/組織)」という3つの要素が組み合わさることで成立します。これまで述べたよう、多くの企業でこの価値創出構造である「ビジネス~プロセス~人/組織」の連動性に問題が生じています。この〝つながり〟が断絶していると、変革が停滞し、期待される成果が得られないことが多いのです。この3要素の連動性を高めるためには、まず自社の価値創出プロセスを可視化することが欠かせません。

島野
VUCAやBANIといった先行きが不透明で複雑な時代には、過去の経験に頼った課題の解決では限界があります。これまでの成功パターンが通用しないほど、環境の変化が激しくなっていることに加え、複数の要因が絡み合い、企業が直面する課題はより多層的かつ予測困難になっています。

青地
そうですね。従来のマネジメント手法は、安定した環境下での業務効率化やリスク管理には有効でしたが、不確実性が高い環境では、固定化された意思決定プロセスや過去の成功体験に縛られることが、むしろ変革の阻害要因となり得ます。そこで、ある企業では価値創出構造を分析し、「どの事業がどのような価値を創出しているか」「その価値創出を支えているプロセスは何か」「それに必要な人財や組織の要件は何か」を特定しました。こうした可視化の取り組みにより、企業が投資すべき人的資本が明確になり、事業戦略と人財戦略の連動が強化されました。

島野陽介

―――DXやSXといった企業変革でも求められる要素ですね。

島野
その通りです。DXやSXは、企業が新しい価値を創出し続けるために不可欠な取り組みですが、これらが思うように進まない背景には、変革を「技術」や「施策」の問題としてのみ捉えている点があります。DXではITシステムの導入、SXでは環境規制対応といった表層的な解決策が優先され、変革の基盤となる組織や人財への投資が後回しになっています。いわゆる「技術的問題」は解決策が明確で計画的に対応することができますが、組織や人々が自らの価値観や行動を見直し、新しい取り組みを模索する必要がある「適応課題」への対処が必要なことが多く、これが後回しになることで、変革がさらに難しくなっています。

青地
DXについては、その効果を発揮するまでの過程で現場の負担を増やし、従業員が混乱や抵抗を示す場合もあります。また、SXは目に見える形で成果に結び付くには時間を要するため、現場の社員やミドルマネジメントがその意義を十分に理解していない場合、取り組みは形骸化し、統合報告書等への情報開示に偏重したものに留まってしまうことが少なくありません。これらの問題は、単なる技術の導入ではなく、人財の育成や組織の変革が伴わなければ解決できません。技術的問題に対処するだけではなく、適応課題を克服するための組織カルチャーの変革が不可欠だと言えるでしょう。

変革人財を支えるカルチャー変革

―――変革人財の育成と組織カルチャーの変革はどんな関係にありますか。

島野
変革人財の育成が遅れていることも、形骸化の要因です。変革人財とは、企業変革を推進するために必要な知識・スキルを有するだけでなく、変革の意義や目的を組織に浸透させ、関係者・組織を巻き込みながら変革をリードする能力が求められます。変革人財の育成が進んでいない企業では、変革の責任や負担が特定の個人に集中し、長期的な取り組みが継続しにくいという課題が生じています。

青地
そうですね、変革人財が持続的に輩出され、かつ機能し続けるための土壌を作るために組織カルチャーの変革が重要と考えます。組織全体が変革を受け入れ、適応できる環境が整っていなければ、変革人財の個人の能力を十分に発揮することができません。例えば、組織カルチャーが旧来の価値観に基づいていて、トップダウン型の意思決定が根強く残る企業では、現場の意見や創発的な取り組みが軽視され、せっかく育成した変革人財も活躍の場を見出せないまま離脱してしまう という問題が発生します。また、変革の必要性を理解していても、組織に「失敗を許容しないカルチャー」がある場合、リスクを伴う新しい挑戦をためらい、変革のスピードが鈍化します。その結果、表面的な施策が繰り返されて、本質的な変革にはつながりません。

島野
DXの推進担当者が事業部の中で孤立し、必要なリソースや権限が与えられずにプロジェクトが停滞しているケースも見受けられます。変革人財を孤立させず、組織全体で変革を推進するためには、変革を支援する仕組みを整えることも必要です。例えば、ある企業では、各部門のリーダーが変革推進の役割を担う体制を作りました。また、エンゲージメントサーベイを活用し、変革人財だけでなく現場社員の変革活動に対する意識・認識を測定しながら課題を特定し、適切な支援策を講じることも効果的です。

下では、人的資本経営施策はなぜ迷走し形骸化するのか、について詳述します。